プロフィール

プロフィール『エピソードⅢ』

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「美味いもの=幸せ」という方程式

 

「喜びを創れる幸せを感じました」

 

それからというもの、

家族の食事も姉ちゃんに付いて作るようになりました。


思い出してみると

4歳くらいから包丁をにぎっていたと思います。

実家が有機無農薬栽培の専業農家だったこともあり、

申し分のない素材がありました。

青々としたキャベツや瑞々しいキュウリ、

ツヤっと輝くピーマンに力強く大地に根付く人参。

春には甘〜い新玉ねぎと山から掘り立てのタケノコ。

料理人としては本当に恵まれた環境に

生まれ育ってきたんだなと今でも実感しています。

そのままずっと料理にはハマり続け高校生になりました。

高校は三重県にある、全国で唯一の有機無農薬農業を教える

全寮生活の学校進みました。

その学校は朝7時、昼12時、夜18時半という給食制でした。

が、

育ち盛りの高校生には

もちろん足りるわけはなく、、

寮では夜食が必須でしたので自分が毎晩腕を振るいました。

 

そのお陰もあって、

うまい夜食を作ることで先輩や同級生、後輩から

人気者になりました。

 

そこにある材料を使って美味いものを創れるってことは

最高の幸せを提供できるスキルなんだなって

みんなの嬉しそうな顔を見てあらためて実感しました。

「パティシエになりました」


不純な動機があったかはここでは書きませんが。。笑

キレイに言うと、

『お菓子を食べている時に怒っている人はいない』

と思ったからです。

甘くてスッと舌の上で溶ける生クリーム。

ブランデーの香りのするシロップを

フワフワのスポンジに染み込まし、

真っ赤でふわっと甘く香る甘酸っぱいイチゴを挟み込む。

ひとつひとつの材料が口の中で一緒になるだけで、

思わず幸せホルモンが脳みそから分泌されてしまう。

そんなステキなものを作る仕事がしたいと思いました。

 

そしてはじめは、

滋賀の大津にあるプリンスホテルで3年半、修行を積みました。

次に店を移り、兵庫県の三田にある

「エスコヤマ」というケーキ屋さんで2年半働きました。

ちなみにその「エスコヤマ」というケーキ屋さんは、

当時で1日に400万円を売り上げるという

業界ではNo,1のケーキ屋さんでした。

 

もちろんそれだけ売れていたので

仕事の時間は朝の5時〜夜中の25時まで働きました。

今でいう”超ブラック”な中

ぶっ続けでお菓子作りをしていました。

 

さすがに親にも心配をかけていたと思います。

 

つづく。

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